北白川のイタリアン Bello Vero(ベッロベーロ)の住所は「北白川久保田町」。この「北白川」という地名は、白川(白河)の北にあったことに由来するとされている。では、その「白川」とは何なのか。今回は地名をたどりながら、この街の輪郭を少しだけ見てみたい。

「白川」は、白い砂の川

白川は、比叡山と如意ヶ岳のあいだの東山の山中から西へ流れ出し、北白川から岡崎を抜けて、祇園のあたりで鴨川に合流する川だ。長さはおよそ9.3km。平安時代には、鴨川の東から東山までの一帯が「白川(白河)」と呼ばれていた。

名前の由来は、川砂が白いことだとされる。上流の花崗岩が風化した白い砂が川に運ばれ、それが「白川砂」として京都の特産になった。銀閣寺の銀沙灘をはじめ、京都の庭の白砂の多くはこの白川砂がもとだと言われている。同じ花崗岩を塊で切り出したのが「白川石」で、1888年(明治21年)の村の統計では、305戸のうち66戸が石工の家だった。

北白川の街並みが東へ向かってゆるやかに上っているのも、白川が運んだ砂礫が積もってできた扇状地の上にあるからだ。

白川女と、近江へ続く道

頭上に花を載せた白川女と、花を並べて腰掛けるもう一人の白川女。白黒写真
白川女(黒川翠山撮影写真資料)
京都府立京都学・歴彩館「京の記憶アーカイブ」

この街を語るとき、もうひとつ欠かせないのが白川女(しらかわめ)だ。北白川の女性たちが、頭の上に花を載せて洛中へ売り歩いた行商で、北白川には花畑が多く、キクやキンセンカのほか山で摘んだ花も売っていたという。毎年10月の時代祭では、いまもその装束を見ることができる。

北白川を斜めに抜ける古い道が志賀越道(しがごえみち)。鴨川沿いの荒神口から北白川を通り、白川に沿って山を越え、琵琶湖の西岸へ至る街道で、白川石が京の街へ運ばれていく道でもあった。1591年に豊臣秀吉が築いた御土居の外側、いわゆる「洛外」の村だった白川村が京都市に編入されたのは1918年(大正7年)のことだ。

北白川=白川の北。白い砂の川、石を切る男たちと花を売る女たち、そして近江へ続く街道。地名の奥には、この土地の暮らしがそのまま残っている。

白川砂・白川石・白川女について一次史料ベースでじっくり読みたい方は CITY ARCHIVE の第6章「白川と京野菜」へ。御土居・志賀越道・銀閣寺道の歴史は第1章「江戸期の京都を歩く」にまとめている。

この街で、イタリアンを

石と花が行き交った街道の街で、いま Bello Vero はイタリア料理とお酒の店をやっている。13時から22時までの通し営業で、コースはなくアラカルトのみ。パスタ一皿だけでも、何品か並べてボトルワインを開けても、どちらも歓迎だ。銀閣寺や哲学の道を歩いたあと、昼下がりのグラスシャンパーニュにも、少し遅めの夕食にも使ってもらえる。

メニューの話はそれぞれの記事で:
・牛すじボロネーゼ — 牛すじを長時間煮込んだラグー
・自家製フォカッチャ — オリーブオイルと黒胡椒で、ソースをぬぐって
・やさいのフリット — 季節の野菜6種をレモンと塩で

アクセス

銀閣寺から白川通りを北へ徒歩約15分、哲学の道の北端からも徒歩10分圏内。市バス「北白川」停留所からは徒歩約2分、叡山電鉄「茶山・京都芸術大学」駅からは徒歩10分ほどの距離だ。

📍 京都市左京区北白川久保田町64番17
🕐 13:00〜22:00(L.O. 21:30)/不定休
市バス「北白川」停留所から徒歩2分 / 銀閣寺から徒歩約15分
📅 ご予約は Web予約 / TableCheck または お電話 075-600-0740