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CHAPTER 8 — MEDIEVAL DOCUMENTS & DIGITAL ARCHIVES

古文書から見える京都
— 東寺百合文書・今昔物語集・京大アーカイブ

奈良時代から江戸期まで、24,014通の書類が一度もバラバラにならずに守り抜かれた。
その全てを、いま私たちはスマホで読むことができます。

本サイトの CITY ARCHIVE もこの第8章で最終回。1591年の御土居から始まり、都名所図会、足利義政の東山殿、黒川翠山のガラス乾板、橋本関雪の白沙村荘、北白川扇状地、夜の散歩——順に辿ってきた7つの章は、すべて「残された記録」を頼りに組み立てたものでした。最終章では、その記録を残し、デジタル化し、誰でも読める形で公開している人々の仕事——京都のアーカイブ事業——そのものを取り上げます。

この章で扱うのは、3つの軸です。ユネスコ世界の記憶に登録された東寺百合文書、京都大学が所蔵する国宝今昔物語集 鈴鹿本、そしてそれらを高精細画像として公開する京都大学貴重資料デジタルアーカイブ京都府立京都学・歴彩館の二大公的アーカイブ。これらが揃っているから、小さな食堂のウェブサイトでも、400年・1000年単位で京都の街を語ることができるのです。

CH. 8.1東寺百合文書 — 24,014通・1000年の連続記録

東寺百合文書(とうじひゃくごうもんじょ)は、平安初期から江戸時代までの約1000年間にわたって、京都の東寺(教王護国寺)に蓄積されてきた古文書群です。2015年10月10日にユネスコ「世界の記憶(旧称・世界記憶遺産)」に登録され、世界的に保存価値が認められた人類規模の文化遺産となっています。指定時の文書数は24,014通。一括の文書群としては世界でも例のない規模で、しかも奈良〜江戸の1000年が「途中で散逸せず」連続して残されているという、保存史上の奇跡のような存在です。

「百合(ひゃくごう)」という独特の呼び名の由来は、江戸時代にまでさかのぼります。加賀藩5代藩主・前田綱紀(つなのり、1643〜1724)が、東寺の古文書を後世に正しく伝えるために目録を作成し、桐製の100個の文書箱(百合箱)を寄進して、文書を整理・収納したことが、いまの呼称につながっています。前田綱紀の事業がなければ、これだけの規模の中世文書群が一括で残ることはなかったとも言われており、近世大名による文化財保護事業の代表例として、いまも文書学・保存史学の必修事項です。

百合文書の中身は、税の徴収記録、寺領をめぐる訴訟、農民との契約、貴族との贈答、寺の運営に関する内部文書——いわゆる「事務記録」が中核を占めます。歴史小説に出てくるような華やかな物語ではなく、毎日の銭勘定・米勘定・人名簿・契約条項のかたまり。けれど、この退屈に見える事務記録の連続こそが、中世の京都の経済・社会・人々の暮らしを、いまの私たちが具体的に復元できる根拠になっているのです。Bello Vero が立つ北白川一帯の中世の所有関係も、百合文書のなかにいくつか登場します。

現在、東寺百合文書の現物は京都府立京都学・歴彩館に所蔵されており、ウェブサイト「東寺百合文書WEB」(https://hyakugo.pref.kyoto.lg.jp/)で全点が高精細画像とフルテキスト(翻刻)で公開されています。ユネスコ登録時の評価ポイントは「保存・管理体制の優秀さ」と「全点デジタル化と無料Web公開を完了していたこと」。文書の現物が古いことより、それが現代の人々に届く形に整備されていることが、世界的に評価されたわけです。

【いまのここ!】東寺(教王護国寺)
東寺(教王護国寺)(京都市南区九条町1)。京都駅から徒歩約15分、新幹線の窓からも見える五重塔の寺。百合文書の現物は歴彩館へ移管されているものの、文書が1000年蓄積された場所そのものとして、京都の記録文化を象徴するスポットです。

CH. 8.2今昔物語集 鈴鹿本 — 国宝、現存最古の説話写本

今昔物語集 鈴鹿本
今昔物語集(鈴鹿本、鎌倉中期写) 平安末期に成立した日本最大の説話集の、現存最古の写本。京都・吉田神社の神職を務めた鈴鹿家に代々伝わった。 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ RB00000125

今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)』は、平安時代後期(12世紀前半)に成立した日本最大級の説話集。全31巻のうち、第1〜5巻は天竺(インド)、第6〜10巻は震旦(中国)、第11〜31巻は本朝(日本)で構成され、1000を超える説話を収めます。仏教説話が中心ですが、貴族から庶民までの滑稽な話、妖怪・幽霊・奇譚、夫婦のトラブル、僧の堕落、盗賊の話——いまでいう「街の噂話・三面記事」のような話も多数含まれており、平安末期の京都の生活感を伝える一次資料として、文学・歴史学の両分野で重要視されてきました。

京都大学附属図書館は、今昔物語集の現存写本のなかで最古・最重要とされる鈴鹿本(すずかぼん)を所蔵しています。鎌倉中期の書写と推定され、京都・吉田神社の神職を代々務めた鈴鹿家に伝来したことから「鈴鹿本」と呼ばれます。第2・5・7・9・10・12・17・27・29巻の計9冊が現存し、1991年(平成3年)に鈴鹿家から京都大学に寄贈、修理を経て1996年(平成8年)に国宝に指定されました。

京大附属図書館の京都大学貴重資料デジタルアーカイブ(rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp)では、鈴鹿本全9冊が高精細画像で全ページ公開されています。スマホの画面で開いて指でズームすれば、800年前の墨の濃淡、紙の繊維、書写者が書き損じて訂正した跡まで、はっきり見ることができます。Bello Vero の店内で食後のコーヒーを飲みながら、鈴鹿本の物語のひとつを読む——そんな静かな贅沢が、いまは技術的に可能になっています。

CH. 8.3京大デジタルアーカイブとIIIF — 拡大できる国宝

京都大学貴重資料デジタルアーカイブ(略称:京大デジタルアーカイブ、URL: rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp)は、京都大学附属図書館・京都大学博物館などが所蔵する貴重資料を、ウェブ上で公開する大規模デジタルアーカイブです。洛中洛外図、都名所図会、今昔物語集鈴鹿本、保元物語、東山語録、文化財絵巻、明治期の写真乾板、洋書古典籍——27,000タイトル以上の貴重資料が、誰でも自由に閲覧・ダウンロードできる状態で公開されています。

このアーカイブの大きな技術的特徴が、IIIF(International Image Interoperability Framework、トリプル・アイ・エフ)という国際標準への対応です。IIIF は、世界中の図書館・博物館・アーカイブが所蔵する高精細画像を、共通の規格で扱うための国際的な枠組み。同じビュワーで、京大の今昔物語集と、大英図書館のマグナ・カルタと、フランス国立図書館の中世写本を、同じように拡大・比較できる——そんな世界的なエコシステムの一部に、京大のアーカイブも組み込まれています。

本サイト CITY ARCHIVE で使用している絵図・古文書の画像の多くは、この京大デジタルアーカイブと、第4章で扱った京都府立京都学・歴彩館の二箇所から、公開規定にしたがって引用・参照しています。「RB00000125」(鈴鹿本今昔物語集)、「RB00000143」(寛永後萬治前洛中絵図)、「RB00008617」(都名所図会)——本サイトの figcaption に表示している RB 番号は、京大デジタルアーカイブの資料IDです。番号で検索すれば、その元資料の全ページに直接アクセスできます。

【いまのここ!】京都大学附属図書館
京都大学附属図書館(京都市左京区吉田本町・京大本部キャンパス内)。今昔物語集 鈴鹿本ほか、京大の貴重資料の現物はここの書庫に所蔵されています。展示室では一部の貴重資料が公開されており、不定期に特別展も開催。Bello Vero から徒歩約15分。

CH. 8.4京都大学総合博物館 — 古文書から鉱物まで、五感のアーカイブ

東寺百合文書、今昔物語集鈴鹿本、京大デジタルアーカイブ——ここまで紹介してきた資料群の多くは、画面の向こうの「デジタル画像」として体験する形でした。けれど、京都にはこれらの原本・実物に近い距離で触れられる場所がもう一つあります。京都大学総合博物館(きょうとだいがく そうごうはくぶつかん)です。

京都大学総合博物館は、京都市左京区吉田本町の京大本部キャンパス東側にある、日本最大規模の大学博物館。1階の入口は東大路通に直接面しているため、京大の学生でなくても誰でも入館できます。展示は3つのテーマに分かれています。自然史展示室(鉱物、化石、植物、生物標本)/文化史展示室(古文書、古地図、考古資料、絵巻、仏教美術)/技術史展示室(理化学機器、戦前の実験器具、フィールドワーク資料)。京大の各学部・研究室が長年蓄積してきた多種多様な研究資料が、ジャンルを横断して展示されています。

本サイトの CITY ARCHIVE と特に関係が深いのが、文化史展示室。第6章で触れた北白川追分町遺跡などの北白川遺跡群の出土土器・石器、洛中洛外図屏風や都名所図会の関連資料、京大が所蔵する重要文化財・国宝の一部が、定期的に入れ替えで展示されます。今昔物語集鈴鹿本の現物が一般公開されることは限られていますが、企画展のタイミングによっては実物に出会える機会もあります。

開館時間は9:30〜16:30(入館は16:00まで)、休館日は月曜・火曜(祝日含む)、年末年始、6月18日(創立記念日)、8月第3週水曜。一般400円・大学生300円、ただし京都府下の大学の学生・教職員、京大生・京大教職員、京都府民の70歳以上、18歳未満は無料。京阪鴨東線「出町柳」駅から徒歩約15分、市バス「百万遍」から徒歩約2分。Bello Vero からは市バス1本で約10分、徒歩でも約15分の距離。

歴彩館(第4章)が「京都に関する文書・写真資料」を集積する公的アーカイブだとすれば、京都大学総合博物館は「京大の研究の集積」を見せる場所。両者は京都の知的インフラの双璧を成しています。CITY ARCHIVE を読み終えたあと、実際に展示室を歩いて、紙と土と石の物質感を確かめる——それが、デジタルアーカイブの旅の自然な続きです。

【いまのここ!】京都大学総合博物館
京都大学総合博物館(京都市左京区吉田本町、京大本部キャンパス東縁)。東大路通に面した独立した入口があり、誰でも入館できる。1階・2階の常設展示と、年数回の企画展。展示替えは公式サイト(museum.kyoto-u.ac.jp)で要確認。Bello Vero から徒歩約15分・市バス約10分。

CH. 8.5歴彩館と京大、二つの公的アーカイブ

京都の歴史を扱う公的アーカイブは、大きく二つの軸で構成されています。京都府立京都学・歴彩館(左京区下鴨半木町)と京都大学附属図書館(左京区吉田本町)。両者の役割は重なる部分もありますが、棲み分けはかなり明確です。

京都府立京都学・歴彩館は、「京都府」全体の歴史・文化に関する資料を集積する公文書館・図書館・博物館の複合施設。本サイト第4章で詳述したとおり、東寺百合文書、黒川翠山写真資料、明治・大正・昭和の府政文書、近世以降の村方文書、絵葉書・地図類など、行政・社会・生活史系の資料が中心です。Web 上の「京の記憶アーカイブ」「歴史資料アーカイブ」(2025年3月リニューアル)と「東寺百合文書WEB」が公開窓口になっています。

一方、京都大学附属図書館は、大学の研究資料としての貴重資料を扱う窓口で、対象は古典籍・絵巻・古地図・写本・洋書・学術史料などの学術系資料が中心。鈴鹿本今昔物語集、洛中洛外図屏風(複数の写本)、都名所図会、保元物語など、文学・歴史学の研究で頻繁に参照される一次資料が揃っています。Web 公開窓口は「京都大学貴重資料デジタルアーカイブ」(rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp)。

この二箇所の存在が、京都という街を語るときの「資料の厚み」をまったく異なるレベルに押し上げています。世界的に見ても、ひとつの街がこれだけの公的アーカイブを同時に持っているケースは多くありません。京都が「歴史の都」と呼ばれ続けるのは、寺社仏閣の数だけでなく、こうしたバックヤードの記録インフラが、地味だが着実に整備されているからでもあります。Bello Vero のような小さな店が CITY ARCHIVE のような企画を成立させられるのも、この公的インフラがあってこそ、ということを最終章で改めて記しておきます。

CH. 8.6CITY ARCHIVE を終えるにあたって

北白川のイタリアン Bello Vero がはじめた CITY ARCHIVE は、この第8章で全8章が一旦完結します。1591年の御土居から、240年前の都名所図会、500年前の東山殿、100年前の橋本関雪と西田幾多郎、北白川扇状地の地形と京野菜、夜の散歩、そして公的アーカイブ事業——時系列も話題もばらばらに見える8章を、ひとつの街の上に重ねていく作業でした。

このサイトを書きながら何度も思い直したのは、歴史は遠い教科書のなかにあるのではなく、いま私たちが食卓を囲み、参道を歩き、桜を見上げ、ホタルの光を待つ——その日々の繰り返しの足元にあるということ。400年前の絵図、240年前のガイドブック、100年前のガラス乾板、500年前の四畳半。それらすべてが折り重なって、今日の北白川の空気を作っています。料理人が一日の仕入れの良し悪しを判断する物差しの中にも、扇状地と疏水と、人の流れの記憶が、たぶん少しは含まれているのです。

本サイトで参照した一次資料を提供しつづけてくださっている京都大学附属図書館京都府立京都学・歴彩館の関係者の皆様、地元の歴史を地道に語り継いでこられた北白川小学校児童編『北白川こども風土記』哲学の道保勝会の皆様に、改めて深く感謝申し上げます。本サイトが、京都を歩く方々の足取りに、ほんの少しの厚みを加えることができれば、こんなにうれしいことはありません。

そして読み終えた今日の夜、もしお時間があれば、ぜひ Bello Vero にもお立ち寄りください。CITY ARCHIVE で扱った8つの章の余韻と、北白川扇状地の今日の水と、店の小皿の前で、もう一度この街の空気を味わっていただけたら、と願っています。

CH. 8.年表京都の記録メディア史

年代だれが/なにが何があったか
8世紀後半〜東寺東寺百合文書の最古層の文書が成立する。
12世紀前半編者不明『今昔物語集』が成立する(31巻、1000余話)。
鎌倉中期書写者不明今昔物語集の鈴鹿本が書写される(現存最古の写本)。
1685年前田綱紀東寺百合文書を桐の百合箱100個に整理・収納する。
1899年京都帝国大学附属図書館が設立される。
1963年京都府京都府立総合資料館が開設される(歴彩館の前身)。
1991年鈴鹿家今昔物語集 鈴鹿本を京都大学に寄贈する(平成3年)。
1996年文化庁鈴鹿本今昔物語集が国宝に指定される(平成8年)。
2015年ユネスコ東寺百合文書が「世界の記憶」に登録される(10月10日)。
2016〜17年京都府京都府立京都学・歴彩館が新館として開館。
2025年歴彩館デジタルアーカイブが「歴史資料アーカイブ」として大規模リニューアル(3月27日)。
2026年Bello VeroCITY ARCHIVE 第1章〜第8章を、令和の「名所図会」として公開。

CITY × DINNERアーカイブの旅の終わりに、北白川の食卓へ

京都大学附属図書館の貴重資料、京都府立京都学・歴彩館の特別展、東寺の五重塔。
アーカイブの旅で見聞きしたものを、整理しながら一日を終える場所として——Bello Vero(ベッロベーロ)。北白川扇状地の末端に立つ、京都・北白川の小さなイタリア食堂です。

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CH. 8.資料主要キーワード

東寺百合文書(とうじひゃくごうもんじょ)

東寺(教王護国寺)に1000年にわたって蓄積された古文書群。指定時24,014通。2015年10月10日にユネスコ「世界の記憶」登録。現在は京都府立京都学・歴彩館所蔵、「東寺百合文書WEB」で全点が高精細公開。江戸期に前田綱紀が桐の百合箱100個を寄進したことが名称の由来。

今昔物語集 鈴鹿本(こんじゃくものがたりしゅう すずかぼん)

平安後期成立の説話集『今昔物語集』の現存最古の写本(鎌倉中期書写)。京都・吉田神社の神職・鈴鹿家伝来。第2・5・7・9・10・12・17・27・29巻の9冊が現存。1991年に京都大学に寄贈、1996年に国宝指定。京都大学貴重資料デジタルアーカイブ RB00000125 で全冊公開。

京都大学貴重資料デジタルアーカイブ

京都大学附属図書館が運用する貴重資料のオンラインアーカイブ。27,000タイトル以上の古典籍・絵巻・古地図・写本・写真を、IIIF 規格対応で高精細公開。URL: rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp。

IIIF(International Image Interoperability Framework)

世界中の図書館・博物館・アーカイブが所蔵する高精細画像を、共通規格で扱うための国際的枠組み。同じビュワーで世界中の文化財画像を拡大・比較できる。京大・歴彩館の主要画像が対応している。

CH. 8.出典参考文献