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CHAPTER 2 — THE TRAVEL BOOM IN EDO KYOTO

名所図会と東山の景
— 江戸の『Instagram』を歩く

宿場で買ったばかりの、刷りたての墨の匂いがする一冊。
300年前の旅人たちは、この「鳥の視点」にどんな夢を見たのでしょうか。

江戸時代も後半になると、日本中の人々が「一生に一度は京都へ行ってみたい!」という強烈な憧れを抱くようになりました。いま、私たちが旅先でスマホを取り出し、Instagramで「#京都観光」と検索するように、当時の人々が熱心に眺めていたのが「名所図会(めいしょずえ)」という絵入りのガイドブックです。

なかでも安永9年(1780年)に京都で出版された『都名所図会(みやこめいしょずえ)』は、それまでの歴史を変えるほどの大ベストセラーになりました。まるでドローンで上空から撮影したような精密なイラスト(鳥瞰図)は、当時の人々にとって魔法のようなメディアだったのです。今回は、この図会に描かれた銀閣寺や北白川の賑わいが、いまのどの場所にあたるのかをピンポイントで特定していきましょう。300年前の旅人の視線を、あなたの指先で再現してみてください。

CH. 2.1図会に描かれた「銀閣寺道」 — 賑わいの座標を特定する

都名所図会 6巻, 拾遺4巻
都名所図会(1780年刊) 銀閣寺の全景。中央に伸びる参道には、旅人が足を休める茶屋がびっしりと並んでいます。現代の土産物屋さんの風景と、驚くほど似ていますね。 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ

『都名所図会』を開くと、銀閣寺に向かう長い一本道(参道)の両側に、小さな建物がぎっしりと並んでいるのがわかります。これらはすべて、旅人を迎える「茶屋」や「土産物屋」です。江戸時代の旅人は、ここで「銀閣寺のわらび餅」を食べたり、白川で摘まれたばかりの花を買ったりして、山を登る気合を入れ直していました。

【いまのここ!】300年前からのメインゲート
図会で最も賑やかに描かれているこの場所は、現在の**「銀閣寺道」バス停・交差点**付近です。 Bello Vero から南へ約10分。あの信号待ちの場所が、じつは300年前も全く同じように「さて、これから銀閣寺だ!」と人々がワクワクしていた、歴史ある賑わいの座標なのです。

CH. 2.2鳥の視点のひみつ — カメラポジションはどこ?

図会を描いた絵師・竹原春朝斎(たけはら しゅんちょうさい)は、なぜ空からの視点を描くことができたのでしょうか。じつは、彼が京都の街を見下ろしていた「秘密の場所」があります。それが銀閣寺のすぐ背後にそびえる東山、なかでも**大文字山(如意ヶ嶽)**です。

江戸時代のインテリたちは、実際に山へ登り、この座標から街を眺めることで「京都の全体像」を理解していました。図会に描かれた広大な景色は、想像だけではなく、実際に山に登ったときの感動がベースになっているのです。 Bello Vero の窓から見えるあの山の斜面が、じつは江戸時代を代表するガイドブックの「撮影ポイント」だったと考えると、いつもの景色が違って見えてきませんか?

【いまのここ!】図会と同じ景色が見える場所
大文字山の**「火床(ひどこ)」**。毎年8月16日に「大」の字が灯るあの場所です。ここから下界を見下ろすと、図会に描かれた通りの、完璧な京都のパノラマが広がります。

CH. 2.3青龍と白虎 — 東山と西山の「動」と「静」

江戸時代のガイドブックは、京都を二つの対照的な世界として描き分けました。東の山々(東山)と西の山々(嵐山・嵯峨)。風水では、東を司る聖獣を「青龍(せいりゅう)」、西を「白虎(びゃっこ)」と呼びますが、図会はこの考え方を巧みに利用しました。

銀閣寺から南禅寺、清水寺へと続く東山エリア(青龍)は、一言でいえば「常に新しい流行が生まれる、賑やかな街」。参道には最新のファッションに身を包んだ人々が行き交い、祭礼の熱気があふれていました。一方の西山エリア(白虎)は、竹林が広がり、隠遁者が静かに暮らす「風雅で静かな別世界」。旅人はこの二つの世界を往復することで、京都という街の多層的な魅力を楽しんだのです。北白川は、まさにその「青龍の活気」のいちばん北の端っこにあたる、都会の便利さと山の清々しさが混じり合う、最高に贅沢な場所だったのです。

【いまのここ!】「青龍」の最北端、百万遍
当時の東山観光の北のターミナル。ここから銀閣寺へと向かう人々で、常に活気に満ちていました。

CH. 2.4「映える」瞬間を探した、江戸の旅人たち

名所図会を読み解くと、江戸の人々が現代の私たち以上に「いま、一番美しい瞬間」にこだわっていたことがわかります。『名所部類』という本には、「桜なら銀閣寺」「紅葉なら永観堂」「雪なら金閣寺」といった風に、季節ごとのベストスポットがズラリと紹介されています。これは現代の「おすすめ検索」そのものです。

Bello Vero で美味しい食事を楽しんだあと、ふと「300年前の旅人も、この坂道を登って同じ感動を味わったんだな」と考えてみてください。時代は変わっても、人が美しい景色を見て心を躍らせ、美味しいものを食べて笑顔になる座標は、決して動くことはありません。アーカイブを歩くことは、過去の誰かが残した「喜びのピン」を、いまの自分の感性で上書きしていく、終わりのない旅なのです。

【いまのここ!】図会で絶賛された「哲学の道」の起点
図会で「銀閣寺の桜」として描かれているのは、現在の哲学の道の入り口、疏水分線が流れるこの場所です。ここから南禅寺へと続く水の道は、300年前から変わらぬ、京都最高の「映えスポット」でした。

CH. 2.年表京都ガイドブックの歴史年表

年代名前どんな本?
1658年『洛陽名所集』記念すべき京都初のガイドブック。まだ絵は少なめ。
1704年『花洛細見図』街の細部までをズームアップした、江戸版ストリートビュー。
1780年『都名所図会』空前の大ヒット! 京都観光のスタンダードを確立した本。
1799年『都林泉名勝図会』庭園マニア必見。銀閣寺の砂の庭が初めて詳しく紹介された本。
2026年CITY ARCHIVEBello Vero が贈る、スマホで読める最新の北白川物語。

CH. 2.資料主要な「プロデューサー」

秋里籬島(あきさと りとう)

京都の俳諧師。現代でいう「トップ旅行ブロガー」。彼の書いた一言で、その店の売り上げが激増しました。

竹原春朝斎(たけはら しゅんちょうさい)

大坂の天才絵師。ドローンが存在しない時代に、なぜか上空からの景色を正確に描くことができました。

都名所図会

全6巻+拾遺4巻の大ボリューム。これがあれば、誰でも「京都通」になれる、当時の憧れのアイテムでした。

CH. 2.出典参考文献